蓼科サマーセミナー総括

蓼科サマーセミナー総括
八木 匡

20名以上の参加者による活発な議論が行われ、有意義なセミナーとすることができました。
ご参加頂けました皆様に感謝申し上げます。総括内容を今後アップデートしますので、ご意見を頂けましたら幸いです。

1.統計セミナー(同志社大学八木匡講義)
 NTTDataが2017年に作成した17000サンプルの「人間情報データベース」を基に、演劇、映画鑑賞といった芸術活動を趣味としているか否かに関するデータを用いながら、統計手法の解説を統計パッケージSPSSを用いて行った。
 単に、統計のテクニックでは無く、文化経済学の研究を深めることもできるような講義プログラムを構成した。文化行動を単に属性で説明するのでは無く、動機付けの基になる体験、志向性等に関する人間情報を用いて説明していく試みを行った。

2. 文化GDPの計測(名古屋大学藤川清史氏報告)
○非市場取引は付加価値方式では把握できないが、最終需要から産業連関表逆行列を用いて生産を推計する方法であれば、茶道の例のように非市場取引まで推計できる。
この点は重要な点であり、この手法を今後の推計でも拡張する意義がある。
○SNAによるGDPと整合的な文化GDPを推計するというポリシーを採る考えは理解できる。しかし、文化生態系を把握する目的での価値循環の構造を明確化する意義も大きいため、非市場取引も文化サテライト勘定に入れることは検討の価値がある。
〇付加価値がマイナスになるアクティビティ
 GDP基準で文化の価値を計測すると、生産に比べて投入が大きく、 補助金なしでは成立しない文化的アクティビティは無価値ということになる。 ここで、別の価値判断も盛り込む必要があるのではないか。
〇フローの価値とストックの価値
 文化の消費・生産の価値と文化のストックの価値とは異なる。 文化の価値を論じるには、これらを切り分ける必要がある。GDPはあくまでフローの議論。
○経済的価値以外の文化による価値創造をいかに数値化していくことができるのかを検討する必要がある。
〇文化GDPを推計する目的を明確にし、文化GDPのサイズを誇張しているという批判を避ける必要がある。

3.文化の社会的価値(衛紀生氏報告)
〇ポジティブ・ウェルフェアの再評価
・満足すべき生活状態を表す心理的な概念。経済的給付ではなく、ポテンシャルを社会の発展に反映させる仕組み(アンソニー・ギデンス;社会学者)
・誰も排除しない全員参加の共生社会-「社会包摂」の考えを明確化する。
・公共財としての文化芸術・劇場音楽等の位置づけを明確化する必要がある。
・文化施設を、Well-Being のための拠点施設と政策的に位置づける。
・皆がより良く生きるための拠点施設として位置づけることにより、社会的
・家庭が崩壊した状況の仲で、「夢を語れない子供」を無くす。
・貧困がもたらす問題に対して、「社会的処方箋」を与えるための文化政策。
・社会的インパクト投資としての劇場経営を明確化し、政策エビデンスを明確化する。
・社会的インパクトの数値化によって、劇場の社会的価値を明確化する。
〇アーティストの社会貢献意識に影響を与えていくための活動が必要。
・アーティストの希少資源を適切に活用することが重要。

4.文化経済戦略(文化庁阿部尚行氏、大分県芸術文化スポーツ振興財団三浦宏樹氏報告)
〇文化経済戦略の将来像として、1)花開く文化、2)創造する産業、3)ときめく社会、をコンセプトにした政策を策定。
〇地域ブランド形成による、定住・Uターン、Iターンを引き込み、アートによる定住を促進させる文化プログラムを推進
〇イノベーション戦略に文化資源を活用させるための仕組み作りを考える必要がある。一つの可能性はプラットフォームの形成であるが、このようなプラットフォームが公的に形成するのが良いのか、民間による自発的な形成が望ましいのか、それぞれのメリットとデメリットを議論する必要がある。
〇ビジネスにならないが社会的価値のあるプロジェクトに対するサポートをすることの重要性について認識を深めることが重要。共感をマネイジメントすることが、実は企業のビジネスの考え方に影響を与え、それが「創造する産業」をつくる要素になる。価格で共感させるのではなく、人間性理解に対する共感が顧客への共感を引き起こす。
〇企業と経営者の倫理性が問われる時代となっている。この倫理性を高める上で、人間性を理解する必要がある。そのために、文化芸術は機能する。世界の経営者が何故美意識を求めているかを理解する必要がある。コンベンション等のビジネスの場自体が、文化的要素を備えていることが重要となってきており、文化や芸術の貢献が求められる。
〇風景の記憶は、心に刻まれる。この記憶が潜在的な意識に影響を与える。都市計画において文化と密接に結びつく風景を保存する重要性は大きい。
〇文化芸術活動を支援するという考えでは無く、「人(例えば子どもとか若者)」を支援するという考えで企業に対して訴求していく。